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福岡地方裁判所 昭和58年(ワ)2915号 判決 1985年1月31日

原告

福岡県魚市場株式会社

右代表者

長野政彦

右訴訟代理人

稲澤智多夫

春山九州男

被告

有限会社高口鮮魚店

右代表者

高口義幸

右訴訟代理人

古賀誠

主文

一  被告は、原告に対し、七八四一万六七八五円及びこれに対する昭和五六年一〇月一二日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  本判決第一項は、五〇〇万円の担保を供して、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた判決

一  請求の趣旨

1  主文第一、二項同旨。

2  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、水産物及びその他食料品の販売委託・買付販売を業とする会社で、事務所の一つとして久留米市中央卸売市場内に久留米市魚市場を有し、同卸売市場水産物卸売業者であるところ、昭和五三年一〇月から昭和五四年五月までの間に、鮮魚商を営む訴外高口洋(以下「洋」という)に鮮魚類を売り渡し、同人に対し、福岡地方裁判所昭和五四年(ワ)第九〇一号売掛代金請求事件の確定判決に基づき、七八四一万六七八五円の鮮魚類売掛代金及びこれに対する昭和五六年一〇月一二日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金債権(以下「本件債権」という)を有する。

2  被告は、鮮魚類の小売業を営む会社であるが、以下のような理由により、法的には洋と同一人格であるというべきであつて、別個の法人格であると主張することは信義則上許されない。

イ 被告は、昭和五一年六月一〇日、筑邦重機産業有限会社の商号で設立され、その本店所在地は久留米市国分町二二七番地(洋の自宅)、目的は土木工事建築工事等、資本金は三〇〇万円(出資一口の金額一万円で二〇〇口が洋の持分)、代表取締役は洋であつたが、設立後間もなくから休眠状態にあつた。

ロ 洋は、「高口鮮魚店」の商号で、スーパータイホー十三部店、国分店、津福店等に出店して、手広く鮮魚の小売業を営んでいた者であるが、原告から昭和五四年五月右営業上の債務である本件債権請求訴訟の提起を受けるや、その支払を免れる目的で、右個人営業を廃し、同年六月二三日、左記のとおり被告の変更登記を了した。

① 商号を「有限会社高口鮮魚店」と変更する。

② 目的を水産物及びその他食料品の小売等と変更する。

③ 本店所在地を久留米市国分町谷一〇六六番地に移転する。

④ 取締役は全員辞任し、代表取締役に洋の二男の高口義幸(以下「義幸」という)、取締役に洋の従業員であつた諸富正寿、監査役に義幸の妻高口とし子が就任する。

ハ 爾来、被告は、洋の個人営業時代の前記営業店舗で、電話・冷蔵庫等の設備及び従業員をそのまま使用して営業を継続しているが、その経営の実質的な主体は洋本人にほかならない。なお、昭和五七年九月に諸富正寿が辞任し、代わつて秋山暁が取締役に就任しているが、同人は洋の個人営業時代からの従業員であり、原告と洋との継続的鮮魚類売買契約の連帯保証人でもあつた。

3  仮に、右主張が容れられないとしても、被告は、昭和五四年六月、洋から営業譲渡を受け、「高口鮮魚店」なる商号を続用しているから、商法二六条一項により、本件債務の弁済責任がある。

4  よつて、原告は、被告に対し本件債権の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2冒頭の事実のうち、被告の業種は認めるが、その余は争う。

同2イの事実のうち、被告が設立後間もなくから休眠状態にあつた点を否認し、その余は認める。

同2ロの事実のうち、洋が個人営業を廃した目的を否認し、その余は認める。

同2ハの事実のうち、秋山が昭和五七年九月諸富に代わつて取締役に就任し、同人が原告主張のとおりの連帯保証人であつたことは認めるが、その余は否認する。

洋は、昭和五四年五月二二日久留米市長から売止命令を受け鮮魚商の営業ができなくなつたので、二男の義幸に一旦営業を引き継がせ、更に同人の営業を被告が引き継いだものである。それは、洋がタイホーやオオツカヤのテナントとして営んでいた鮮魚商の営業継続と法人化のメリットを享受するのが主たる目的であり、洋の原告に対する債務免脱を目的としたものではない。

3  同3の事実は否認する。

被告の「有限会社高口鮮魚店」なる商号使用は、商法二六条一項にいう洋の「高口鮮魚店」なる商号を続用する場合には該らない。なるほど、両商号の主要部分である「高口鮮魚店」は呼称上は同一であるが、被告の場合は高口義幸の「高口」を冠したものであつて、高口洋の「高口」とは別個のものである。

三  抗弁

1  仮に、原告主張のとおりの営業譲渡及び商号続用の事実が認められるとしても、原告は、右営業譲渡後間もなく、譲受人である被告が洋の債務を引き受けないことを知つたものである。

2  更に、右の主張が容れられないとしても、原告の主張する本件鮮魚売掛代金債権は民法一七三条一号により二年の消滅時効にかかるところ、原告が本訴を提起した時には、被告の商号変更時である昭和五四年六月二三日から二年以上を経過していた。よつて、被告は右時効を援用する。

四  抗弁に対する認否すべて争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二原告は、被告が洋の債務を免れるために利用された会社であつて、両者は同一人格である旨主張するので、この点について判断する。

1  請求原因2イ及びロの事実は、被告が設立後間もなく休眠状態にあつたこと及び洋の個人営業廃止の目的を除き、当事者間に争いがない。

2  そして、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

イ  洋は、久留米市中央卸売市場における売買参加者(以下「売参人」という)の資格を有し、原告から鮮魚類を継続的に買い受け、これを前記小売店舗で販売して利益を挙げていたものであるが、昭和五三年一〇月頃から両者間に不和を生じ、原告の洋に対する右鮮魚類売掛代金残額が急増し始めた。しかし、卸売市場法及び久留米市中央卸売市場業務条例により、卸売人たる原告が勝手に売参人たる洋に対する販売を停止することはできず、そのためには、久留米市長の洋に対する売止命令が必要であつたので、原告は、昭和五四年二月、一旦右市長に売止命令の申請をしたが目的を達することができず、結局、同年五月に入つて再度の売止命令申請に基づき、同月二二日付で久留米市長から洋に対し売止命令が発せられた。そこで、原告は、同月末頃洋に対し、福岡地方裁判所に本件債権請求訴訟を提起するに至つた。

ロ  他方、洋は、同年四月、有限会社高洋水産を設立してその代表取締役に就任し、前記市場の仲卸業者としての資格を得たが、原告から洋と実質的に同一人格である旨の抗議を受けて、同年五月、右代表取締役を娘婿の川上繁樹とし、更に同年九月には商号を有限会社山富水産と変更し、代表取締役に前記諸富正寿が就任した。その間、洋は、同年五月二六日、従前自己名義で締結していたスーパータイホー十三部店、国分店、津福店等の売場委託契約書の販売業者名義を二男の義幸に変更したのち、更にこれを被告に変更して現在に至つているが、その鮮魚小売業の仕入先は右高洋水産(山富水産)であつて、洋に対する前記売止命令後も従前どおり営業が継続され、営業事務所、電話、自動車等のほか従業員も洋の個人営業時代のものが引き継がれており、その営業実態には格別の変化がみられない。なお、被告は昭和五七年頃、洋に代わつて前記市場の売参人としての資格を取得した。

ハ  被告は昭和五四年まで長らく休眠状態にあつた会社であるが、同年六月現商号に変更と同時に洋に代わつて代表取締役に就任した義幸は、昭和三二年八月生れ(当二一歳)で、商業高校卒業後三年余り洋の高口鮮魚店の店員として稼働したのみで、この道約四〇年の経験を有する当時五五歳の洋に比較して著しく経験不足であり、右代表取締役就任前後を通じ右店員として勤務を続けていて仕事内容に変化がみられず、更に、洋から義幸に対して前記出資二〇〇口が名義替えされているが、その間には何らの対価も授受されていない。また、昭和五七年九月に秋山暁が諸富正寿に代わつて取締役に就任したが、秋山も洋の娘婿であつて、右業界における経験は十分とは思われず、義幸とともに被告の経営首脳としての適格性に疑問がある。なお、被告が洋の商号である「高口鮮魚店」に有限会社を冠しただけの商号を用いることにしたのは、従前洋が有していた取引上の信用等を自己の営業活動に利用するためであつた。

ニ  ところで、洋は、原告が本件債権請求訴訟を提起した頃である昭和五四年五月三〇日、訴外江頭重之からの三〇〇万円の借受金債務の担保として、自己の目ぼしい家財道具に譲渡担保権を設定した旨(設定日は昭和五三年二月二〇日)の公正証書を作成し、更に翌三一日には、右同人他二名からの二〇〇〇万円の借受金債務の担保として、自己の唯一の不動産である自宅家屋敷に抵当権設定登記を経由した。

3 以上1、2の各事実、就中、被告の商号・目的・役員構成が変更された時期及び内容、高口鮮魚店と被告との鮮魚小売業の実質的同一性、本件債権請求訴訟係属前後の昭和五四年五月頃における洋の債権者詐害的行為、昭和五七年頃洋に代わつて被告が売参人資格を取得した事実等を総合して判断すれば、洋と被告は形式的には別個の法人格としての形態を備えてはいるが、被告は洋の個人営業と実質的に異ならず、洋の既存債務の支払を免れることを主たる目的として被告の法人格が濫用されたものと認めるべきである。この点に関し、被告は、洋が個人営業を廃したのは前記売止命令を受けたためである旨主張するけれども、右売止命令は洋の売参人としての営業を不可能にするにとどまり、小売業者としての営業は、前記高洋水産(山富水産)等から鮮魚を仕入れることにより継続可能であつたはずであるから、右主張は到底採用することができない。

そして、右のように法人格が濫用された場合には、いわゆる法人格否認の法理により、原告は、自己と洋との間の前記確定判決の内容である本件債権の支払を被告に対して請求することができるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五三年九月一四日判決・判例時報九〇六号八八頁参照)。

三そうすると、原告の洋に対する本件債権が消滅時効にかからない以上、原告の被告に対する右債権も消滅時効にかからないと解すべきであるから、原告の洋に対する本件債権の消滅時効の完成を主張しない被告の消滅時効の抗弁は、主張自体失当として排斥を免れない。

四よつて、原告の本訴請求は全部理由があるからこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(谷水 央)

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